本裁判は、平成26年4月11日に判決が言い渡され、原告ご本人及びご家族のご意向により控訴は行わない事となり、確定となりました。

 

原告敗訴とはなりましたが、「犯人」という表記を使ったポスターの違法性は判決文の中で認められました。またこの裁判で、「公開捜査」という手法が、やり方によっては被疑者や関係者の人権を侵害する可能性があるにもかかわらず、捜査に関し必要な事項を定める「犯罪捜査規範」に書かれておらず、警察庁からの通達のみで規定し運用しているという問題点も浮き彫りにしました。

 

原告弁護団は平成26年5月14日に、あらためてこれらの点について、岩手県警及び警察庁宛てに要望書を提出いたしました。以下はその内容です。

 

※なお、最下段「添付資料」欄の「被疑者の公開捜査について」の部分に、該当文書へのリンク(PDFファイル)を貼っておりますが、これは当ページ管理人が独自に行ったものです。

平成26年5月14日

岩手県警察本部長 田中 俊恵 様

警察庁長官 米田 壮 様

 

東京都新宿区本塩町12番地

 四谷ニューマンション309

 さくら通り法律事務所

弁護士  清 水  勉

 

仙台市青葉区一番町2-11-12

 プレジデント一番町306

  十河法律事務所

同  十 河  弘

 

宮城県登米市迫町佐沼字中江5-1-2

開発法律事務所

同  開発  健次

 

 

要 望 書

 

 

 去る4月11日盛岡地方裁判所で判決言渡しがあった,公開捜査差止請求訴訟(平成22(ワ)第452号)の原告代理人を務めた弁護士として下記事項を要望します。

 

第1 申入れの趣旨

1 有罪判決が確定するまで,特定の個人を名指しして,一般の人々が真犯人と誤解する「犯人」「指名手配犯」などの表記を公開ポスターや警察が管理するホームページで行わないこと。

2 公開捜査に関する手続を法制化すること。

 

第2 申入れの理由

1 無罪推定原則

 上記判決では,公開ポスターにおいて被疑者の表記を「犯人」「指名手配犯」とすることについて,「無罪推定の原則に正面から反するものといわざるを得ない。」としました。

 捜査機関に犯罪を犯したという嫌疑を受けた者であっても,起訴され有罪判決が確定するまで無罪を推定されます。このことは憲法上の要請(第31条)と考えられています。つまり,民主主義社会では,当該被疑者に対する対応はあくまでも「有罪が決まったわけではない」という前提のもとに対応しなければならないのです。

 無罪推定原則は,上記事案に限った原則ではありません。公開捜査においては,「犯人」「指名手配犯」など,一般の人々が被疑者を真犯人と思いこむおそれのある表現を用いないよう強く求めます。

 

2 公開捜査の法制化

 当職らは,今回の裁判で,マスコミで「指名手配」と言われているものが警察内部では公開捜査と言われていること,公開捜査を行うために内部手続として警察庁の通達『被疑者の公開捜査について』(以下「本件通達」と言います。)があることを知りました。これを読む限り,公開捜査を行うことに慎重を期すべきこと,被疑者のみならず被疑者の家族等にも非常によく配慮していることが理解できました。

 

 この通達では,公開捜査の範囲,公開捜査の対象,公開捜査の時期・方法等,公開捜査の管理,その他の留意事項(公開捜査の適正な運用,特定対象者に対する協力依頼)と詳細にわたっています。これは,逮捕状に基づく捜査,指名手配捜査と異なり,捜査機関以外の者に対して広く特定の人物を被疑者としていることを公表するものですから,被疑者や被害者,これらの者の家族等周辺の人々の名誉や信用,プライバシーに対する十分な配慮が必要とされるのです。しかも,運用如何によっては無罪推定原則を大いに損なうおそれがあります。

 

 公開捜査の対象は,『被疑者の公開捜査について』の2(1)(2)(3)の要件すべてを充たした被疑者でなければなりません。そのうちの(2)では,指名手配被疑者であることを要件としています。指名手配は密行捜査として行われます。一定の範囲,あるいは全国の警察の相互の連携による捜査を尽くす必要があります。これは,捜査機関が特定の者に被疑者を絞っていることを被疑者に知られず逮捕しやすくすることや,被疑者が自暴自棄になって第二,第三の犯行を起こすことなどのないようにすることを意図しているからです。しかし,それでも捜査状況からして被疑者の逮捕が著しく難しいと判断せざるを得ない事態になり,広く一般の人々の協力を得ざるを得なくなったときにやむなく行われるのが公開捜査です。

 公開捜査の方法については,3(3)において,被疑者の名誉等,公開捜査の必要性等を勘案し,社会的に相当かつ妥当な方法で行うこと,特に,写真等を公開する場合は,被疑者であることを十分確認の上,行うこと,とされています。

ここでも,被疑者の名誉等に配慮して,被疑者であることを事前に十分に確認すべきことを求めています。ここに言う「被疑者であること」とは,言うまでもなく,捜査機関が単に被疑者と判断したということではなく,起訴されれば確実に有罪判決になるほどに証拠上確実であることが要求されている被疑者です。

 公開捜査の管理については,公開捜査を行うに当たっては,県警察本部の手配主務課長が,公開捜査の対象,必要性,時期,方法等について厳正に審査すべきこととしています。

 公開捜査により重大な影響を受ける側にとって特に重要なのが,「その他の留意事項」で書かれていることです。「その他」ではありますが,極めて重要です。「その他の留意事項」の「(1) 公開捜査の適正な運用」では,③の厳正な審査についてあえて留意事項を示しています。「本通達は,公開捜査の対象等について示しているものであり,それを充たす場合に公開捜査を義務づけているものではない。」としています。これは公開捜査による被疑者のみならず被疑者の家族等にも深刻な悪影響を及ぼすおそれがあることを認識していることによる,都道府県警察に個々の事件ごとに慎重に対応すべきことを求める趣旨です。その上で,「公開捜査を行うに当たっては,その必要性を十分検討するとともに,公開捜査を行っての誤手配は,関係者の名誉等を著しく侵害することから,改めて指名手配事実の疎明資料を検討するなど,慎重に対応し,誤手配の絶無を期すこと。」としています。ここでは逮捕状が出ている場合であっても,そのことから直ちに公開捜査に踏み切ってよいとしておらず,誤手配による関係者の名誉等を著しく侵害することを避けるために,改めて指名手配事実の疎明資料を検討するなどして,慎重な上にも慎重を期するようにと指示しています。また,「被疑者の名誉等」ではなく,「関係者の名誉等」としています。これは,被疑者だけに対する配慮でなく,被疑者の家族や近親者など事件に関係がないにもかかわらず被疑者の身近な親族であるということだけで,周囲から様々な深刻な差別を受け,ときには自殺のやむなきに至るような場合さえあることを十分に意識したものです。加害者家族の深刻な実態については,鈴木伸元『加害者家族』(幻冬舎新書)が詳しく書いています。

 

 当職らは,本件通達に基づいて慎重な運用がなされていれば,本件事案はそもそも公開捜査すべき事案ではなかったと考えています。ところが,訴訟という対審構造の場だったこともあるのでしょうが,岩手県警本部及び警察庁の本件通達に関する理解は,当職らと著しく異なっていました。特に,「関係者」に被疑者の親を含まないという解釈の主張は,本件通達の意義を著しく損なうもので,極めて問題があると感じました。

 

 当職らは,決して公開捜査をすべて禁止すべきだと考えているわけではありません。被疑者の無罪推定原則を重視すべきはもちろんのこと,被疑者の家族等の名誉やプライバシー権などにも十分配慮した上で,慎重な上にも慎重を期して公開捜査を決定すること,慎重な上にも慎重を期して公開捜査の内容を決めて実行すること強く求めます。

 公開捜査の適正運用を警察組織内及び市民社会に周知徹底するために,本件通達の内容を法律によって規定する必要があります。

以上

 

 

*添付資料*

警察庁刑企発第136号平成10年10月1日警察庁刑事局刑事企画課長『被疑者の公開捜査について